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日本老年社会科学会 Japan Socio-Gerontological Society

老年社会科学 2025.10 Vol.47-3
論文名 介護老人福祉施設における水害対策を阻害する要因――修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによる分析――
著者名 橋本 晃,清水径子,川﨑順子
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):279—293,2025
抄録  本研究の目的は,介護老人福祉施設5 施設にインタビューを実施し,水害対策を阻害する要因を整理することである.分析方法は修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた.結果,①避難確保計画を義務的な作成ととらえる傾向があり,その背景には,作成の手間と自治体との連携不足があること.②感染症対策による訓練不足があること.③災害研修の参加率が低い理由に,職員に業務負担をかけたくない思いがあること.④複数階の建物に対する安心感があること.⑤研修に専門家の意見を反映させることが不足していること.⑥参集に際し,職員に対してどこまで強制的に参集を求められるか迷いや不安があること.⑦警報に対する慣れと被災経験がないことにより避難判断基準を明確にできないこと,などの特徴が明らかになった.このような要因は施設だけの問題にとどめることなく,自治体や専門家とともに総合的に取り組みを検討していくことが必要である.
【方法】GISを用いて,自治体ごとに包括の配置状況と高齢者の自宅とのアクセス距離を調査した.また,平均アクセス距離の遠い地域の改善シミュレーション分析を行った.
キーワード 介護老人福祉施設,水害,避難確保計画,自然災害BCP,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)

論文名 ソーシャル・インパクト・ボンドを活用した多様な通いの場への参加によるその後の社会関係の相違――傾向スコアマッチングを用いたアウトカムワイド縦断分析より――
著者名 福定正城,斉藤雅茂,方 恩知,近藤克則
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):294—306 ,2025
抄録  愛知県豊田市におけるソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)を活用した介護予防事業に着目し,事業参加群と傾向スコアマッチングした非参加群との比較による1年後の社会関係の相違を,アウトカムワイド分析により包括的に検証した.2022年のベースラインと2023年の1年後フォローアップ調査の2,717人(参加群541 人・非参加群2,176 人,回収率80.9%)から,傾向スコアマッチングにより抽出した参加群437 人・非参加群315 人を対象に,目的変数を16 の社会関係指標,説明変数を事業参加の有無としてロジスティック回帰分析を実施した.分析の結果,16 指標中6 指標において,参加群で有意に高い値が示された.具体的には,非参加群に比べて参加群は,月1 回以上のスポーツの会,趣味の会,町内会・自治会などの社会参加機会の増加が確認された.本研究により,SIB を活用した多様な通いの場への参加によって,介護予防・健康増進のみならず,その後の社会関係の促進につながる可能性が示唆された.
キーワード ソーシャル・インパクト・ボンド,通いの場,介護予防事業,社会関係,アウトカムワイド分析

論文名 若者と中年における,現在や未来に対する認知と高齢者になるまでの主観的時間やエイジズムとの関連――簡易版サークル・テストを用いた萌芽的検討――
著者名 清水佑輔,塚田花音
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):307—319 ,2025
抄録  これまで,若者を対象に「高齢者になるのはどのくらい先のことだと感じるか」を表す高齢者になるまでの主観的時間とエイジズムとの関連が示されてきた.しかし,現在や未来に対する認知との関係は十分に検討されておらず,また,高齢期が若者より近い中年を対象とした研究も不足している.本研究では,簡易版サークル・テストを用いて若者と中年を対象に現在や未来に対する認知を測定し,高齢者になるまでの主観的時間やエイジズムとの関連を検討した.その結果,両年齢層で,高齢者になるまでの主観的時間が長い人ほどエイジズムが強かった.また,若者群では,簡易版サークル・テストにおいて現在と比べて未来のサイズが大きい人ほど主観的時間が長いという有意傾向の関連がみられた.一方,中年群では,現在と未来の距離が大きい人ほど主観的時間が長かった.若者と中年で,エイジズムの軽減を目指す際に異なるアプローチが必要となることが示唆された.
キーワード エイジズム,高齢者になるまでの主観的時間,サークル・テスト,若者,中年

論文名 高齢者の災害時避難の多様性と支援体制
著者名 高杉 友
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):321—325,2025
抄録  本研究は,災害時における高齢者の避難に関する実態と課題を整理し,身体的・認知的能力および介護支援体制に応じた避難先の類型化と政策提言を行ったものである.高齢者は避難行動や避難生活において多くの困難を抱えており,避難場所の選択には一律の年齢基準ではなく,個別のニーズを踏まえる必要がある.本稿では,「福祉避難所」「在宅避難」「一般避難所」「医療・介護施設」の4 類型に整理し,それぞれの特徴と支援のあり方を検討した.福祉避難所の整備・運営体制の強化,在宅避難者の実態把握・支援体制の構築,一般避難所への福祉スペース設置および医療専門職配置,都道府県,自治体,医療・福祉施設との事前連携の重要性が示された.今後は,地域の実態に応じた柔軟かつ実効的な避難支援体制の整備が求められる.
キーワード 福祉避難所,在宅避難,要配慮者,災害

論文名 在宅介護サービス停止が及ぼす高齢者への影響――包括的災害対応の必要性――
著者名 大塚理加
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):326—331,2025
抄録  本研究は,熊本県内の介護支援専門員を対象とした調査から,パンデミック期における在宅介護サービス停止の実態とサービス利用高齢者への影響を明らかにし,災害時の在宅要支援・要介護高齢者への支援課題を検討した.その結果,在宅介護サービスの停止は,在宅高齢者の身体,認知,精神といったさまざまな機能等の低下,閉じこもりや孤立化と関連していた.また,入浴や食事の困難や家族からの暴力(DV)等,生活への深刻な影響が報告された.以上より,在宅介護サービスの早期再開等,在宅介護を支援する体制が重要であることが示された.少子高齢化による共助に基づく避難支援体制の限界や被災後のリロケーションダメージの問題を考慮すると,これからの災害対応では,避難所避難が困難で在宅避難等であっても,すべての避難者が必要な支援が受けられる包括的体制の構築と,医療・福祉・防災等の多領域の連携による統合的枠組みの整備が喫緊の課題であると考えられた.
キーワード 災害,在宅高齢者,在宅介護サービス,COVID-19,災害対応

論文名 令和6年能登半島地震応急期における高齢者に関する避難所の実態
著者名 有吉恭子
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):332—338,2025
抄録  本研究は,令和6 年能登半島地震における石川県輪島市の一般の指定避難所を対象に,応急期における高齢者の避難生活実態を明らかにすることを目的とした.災害対策本部事務局の運営支援における参与観察および後日の避難所担当職員・避難所施設管理者への聞き取り調査を通じて,高齢者特有の課題と現場で生まれた支援の工夫を明らかにした.
 調査の結果,応急期の避難所で高齢者が直面した課題としては,①情報伝達の混乱と集落の孤立,②避難所空間の段差や設備不備,③トイレ・衛生管理と失禁,④精神的負担が確認された.課題に対しては,まずは,避難所内での助け合いによる工夫と,医療・保健の外部支援団体が対応し,発災から約20 日後,市役所から調査・情報収集のち,改善が図られた.医療・保健の外部支援内容が,住民主体の行動に継続される前向きな事例もみられた.本研究は,今後の高齢者支援や避難所運営,受援体制設計に重要な示唆を与える.
キーワード 能登半島地震,高齢者,避難所環境,災害応急期

論文名 地域在住認知症等要支援高齢者を守る災害準備と支援体制――安否確認から生活継続支援まで――
著者名 涌井智子
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):339—345,2025
抄録  本稿は,日本の超高齢社会における地域在住認知症等要支援高齢者を対象とした災害対策の必要性と課題を論じた.人口高齢化の進展,認知症を含む健康上の脆弱性,そして自然災害の激甚化という三重の課題は,従来の枠組みを超えた新たな支援体制の構築を迫っている.過去の大規模災害を契機に制度や地域支援体制は整備されつつあるが,在宅で暮らす高齢者の備えは依然として限界がある.とくに,発災時の安否確認や避難支援を実効性あるものとするためには,公的制度に基づく名簿整備や福祉避難所の運用に加えて,家族・地域住民・専門職の協働による多層的な支援ネットワークが不可欠である.さらに,災害直後の命を守る対応にとどまらず,中長期的に生活の継続とケアを支える視点を組み込むことで,社会全体として持続可能なレジリエンスを高めることが求められる.
キーワード 災害準備,認知症,要支援,要介護,自助,公助,安否確認
論文名 認知加齢の個人差の理解に向けて:環境・動機・行動の視点から
著者名 石岡良子
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):346—352 ,2025
抄録  長寿社会における高齢期の認知機能の維持は,個人の尊厳や社会的自立の観点から重要な課題である.本稿では,認知機能と生活環境の関係について,行動学と神経心理学の両面から検討したうえで,ライフコースにおける環境要因の影響を概観する.そして,幼少期から高齢期までの経験が,どのように認知機能の保持や認知症リスクの低減に関与するか観察研究の知見を整理し,個人差の背景を探る.また,行動の継続や般化を促す心理的要因として,成長マインドセット,自己決定理論,フロー理論などを紹介し,内的動機づけや感情経験が,認知的に高度な処理を求められる環境への志向や継続性を支える可能性を論じる.これにより,認知的刺激に富んだ環境を生涯にわたり維持するプロセスの理解が深まることを期待する.
キーワード 認知機能,生活環境,ライフスタイル,ライフコース
論文名 高齢者研究における筆記表現法の活用と課題
著者名 小川 将
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):353—360,2025
抄録  加齢に伴い人生経験が豊かになる一方,喪失体験をはじめとするネガティブなライフイベントも蓄積される.筆記表現法は喪失体験と心身の健康の関連から着想を得た介入法である.ネガティブな出来事を1日約15 分,紙に書き出すことで心身の健康の向上に寄与することが報告されており,これまで大学生を対象とした豊富な研究蓄積がある.しかしながら,筆記表現法の介入効果は小さい.また,高齢者を対象とした場合には遵守率・脱落率などの課題がある.これらの課題を乗り越えるためには,筆記表現法の諸理論に基づき,「対象・介入内容・アウトカム」を一致させることが重要である.
キーワード 筆記表現法,ストレス,トラウマ,ライフイベント,ライフレビュー
論文名 身体機能や社会的機能が変化するなかで,高齢者はこころの健康をいかに維持しているのか
著者名 深瀬裕子
雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学,47(3):361—365,2025
抄録  高齢期には身体機能や社会的役割の変化が生じやすいが,多くの高齢者はそれらの変化にうまく適応し,心理的な健康を保っている.本稿では,筆者が実施した3 つの研究を紹介し,その背景にある適応の力について考察した.第1 の研究では,身体的自立度の高い高齢者にとっては「老いの受容」よりも「主張性」が主観的幸福感に寄与する可能性が示された.第2 の研究では,パンデミックによって身体機能や認知機能は低下したが,精神的健康は維持されていたことが示された.第3 の研究では,「感情表出」や「肯定的再解釈」といった対処法が高齢者の抑うつ軽減に有効であり,その使用頻度は若年層より高いことが示された.これらの結果から,加齢や環境の変化に柔軟に対応する力こそが,こころの健康を支える重要な要素であることが示唆された.
キーワード 高齢者,心理的健康,適応力,対処方略,臨床心理学

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